水戸商工会議所・水戸市東部地方の歴史と伝統ガイド「歴史と伝統の東部巡り」
史跡

吉田古墳|綿引家住宅|一里塚

吉田古墳(国指定文化財)
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 水戸市街地と相対する吉田の台地上に所在する高さ約1.6mの小規模な古墳です。内部主体は、南に開口する全長約3mからなる軟質凝灰岩の板状の石で構築した横穴式石室です。大正3年4月に調査され、金環(きんかん)・鉄鏃(てつぞく)・直刀(ちょくとう)・勾玉(まがたま)等が発見されるとともに、石室奥壁には線刻で靫(ゆき)・刀子(とうす)・鉾(ほこ)等武具を主体とした壁画を施す特異な古墳として注目され、装飾古墳の研究上、高い学術的価値を有するものです。本古墳は従来は方墳(ほうふん)と見られましたが、平成18年度の発掘調査によって、非常に珍しい八角形墳である可能性が高くなりました。営造年代は、7世紀前半と考えられています。
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綿引家住宅(県指定文化財)
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主家は寄棟造・木造平屋茅葺きで江戸時代末期の旧吉田村の庄屋の住居で、居住部奥には床の間書院付きの座敷があり室境や縁柱通りには透かし彫欄間が見られ、太い梁材を幾重にも重ねた土間部の威容などには村役人としての役柄を示した家屋構成が見られます。倉庫には切妻造・木造2階茅葺で、光圀公が制定し歴代藩主の奨励した「備荒蓄稗の制」としての「お稗倉」であるとされてきたものです。
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一里塚
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元吉田町に残る水戸街道の道標跡で江戸時代の面影をしのばせています。水戸街道は水戸徳川家の成立によって造られ街道には30カ所の一里塚が、また旅人の安全を願って道祖神が祀られました。藩主の水戸入りにはこの地で行列を立て直したといわれます。江戸を起点に本4丁目(現・本町2丁目)を終点とした宿場があり、ここより先は仙台への岩城相馬街道となって当時五街道に次ぐ重要な街道となりました。江戸水戸間は2泊3日の行程で、大名行列は3泊4日が普通であったといいます。明治5年(1872)両街道は陸前浜街道と改称され、起点を記した道標が本町2丁目角に新設されています。
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