水戸商工会議所・水戸市東部地方の歴史と伝統ガイド「歴史と伝統の東部巡り」
史跡
車丹波守憤恨の地と小祠酒門共有墓地林十江生誕の地碑
車丹波守憤恨の地と小祠
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碑文は次のように記されている。
慶長7年(1602)7月佐竹氏の旧臣車丹波守斯忠らが佐竹氏の秋田移封に抗して水戸城奪回をはかって捕らえられた、とこの地に伝えられる。
佐竹氏の残存勢力を圧倒した大きな事件であった。
詳細 下市・吉田歴史散歩コース
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酒門共有墓地(市指定文化財)
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2代藩主光圀は土民の信仰を正す為社寺改革を行い、「葬祭儀略」を著し儒式に一部神式を加えた簡素な葬祭を奨励して、墓地の面積や墓石の大きさを定めています。この墓地は寛文6年(1666)常磐共有墓地とともに創設され、藩士に無料で使用させています。ここは藩初の名奉行望月恒隆・彰考館総裁打越撲斎・名医原南陽・南郡奉行小宮山楓軒・斉昭時代に藤田東湖と共に水戸の両田とたたえられた名家老戸田忠敞(タダアキラ)・安政の大獄に殉難した家老安島帯刀(タテワキ)・桜田烈士佐野竹之助・元治甲子志士岡田兵部・坂下門烈士平山兵介・蝦夷探検家大内利貞・明治の史学者菅政友・第19代横綱常陸山谷右衛門・昭和の彫刻家木内克・水戸市長佐川一信、その他名士の墓碑があります。
※必ず管理事務所に一声かけてからご見学下さい。
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林十江生誕の地
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安永6年(1777)酒造業で俳人でもあった高野惣兵衛の長子として生まれ、後に裡7丁目で醤油業を営む伯父林市郎兵衛の養子となりました。年少の頃より立原翠軒の私塾「此君堂」に出入りし、9才年下の杏所に絵を指導したといわれます。その作風は杏所とは対照的に文人らしく、天才的な技量と自由奔放な筆墨で、関東南画史上独自の地位を占めて大胆な動物画や山水画の傑作を残しています。文化10年(1813)本格的に画を成す為江戸に上がりますが、病に倒れ再び帰郷し同年37才の若さで亡くなり清巖寺に埋葬されました。
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