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かつてこの台地の下は海の入り江であり、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の折り、この地に船を停めて上陸し、御旗を朝日に輝かせたという伝説から朝日 三角山の称があり、日本武尊御着船の碑があります。創建は第23代顕宗(けんそう)天皇(485)〜仁賢天皇(498)の時代で日本武尊を祀り、846年名神大社に列し、後に後鳥羽天皇が建久4年(1193)国司に勅して遷宮式を行っています。
鎌倉時代には、八ヵ郷150余町の社領をもち、常陸国三の宮として大きな勢力をもちました。その後武士勢力に侵食され衰えますが、光圀公による神仏分離政策や加護を受けて社殿の修築もされ復興します。現在の社殿等は、戦後昭和23年(1948)のもので、例大祭は10月15日に一番近い金土日を選んで盛大に行われており、三角山の一角は見晴台と呼ばれる一望千里景勝の地です。また樹齢200-300年の保存樹ケヤキが見られ往時を偲ばせています。
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