水戸商工会議所・水戸市東部地方の歴史と伝統ガイド「歴史と伝統の東部巡り」
仏閣

薬王院清巖寺常照寺(吉田城跡)

薬王院

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本堂(国指定文化財)
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仁王門(県指定文化財)

平安時代初期に桓武天皇の勅願により創建された関東唯一の青蓮院(しょうれんいん)直末・天台宗の名刹で、かつては吉田神社の神宮寺として別当職を勤め、徳川光圀公の代には水戸藩の壇林寺(学問寺)に認定され、その後光圀公の請願により関東八壇林に昇格し、長楽寺の良運を招請して隆盛をみました。国指定文化財の本堂は、大永7年(1527)に焼失したものを享禄3年(1530)に水戸城主江戸通泰が再建したものです。また、本尊の木造薬師如来坐像は平安時代後期の作、十二神将立像は南北朝時代の作で、茅葺きの優美な仁王門は光圀公が貞享年間(1684-88)に本堂の南面を東面に模様替えするにあたり移築再建されたもので、ともに県指定文化財となっています。
詳細 下市・吉田歴史散歩コース
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清巖寺(せいがんじ)
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 大永元年(1521)に常福寺の八世空誉上人が久慈郡新宿村(現常陸太田市誉田)の地に開基したといわれ、その後、火災に遭い焼失し、文禄3年(1594)に現在の地に移ってきたといわれる。その間、水戸城主であった江戸但馬守通明によって、永禄10年(1567)の時に堂宇を建立して寺の発展を図ったが寺燈が続かず、しかも風雨にも耐えずに衰えていったといわれる。その後堂宇の修理は何度も行われ、特に明治15年(1882)の大修理が知られている。
 またこの寺は、関東第4番観音の札所としても民間の信仰を受けていた。
本尊にある阿弥陀如来立像は仏師春日の作といわれ、境内には延命地蔵堂、観音堂(呑龍堂)がある。
 墓地には水戸の画家 林十江や刀匠 直江新四郎助政・新五郎助共、水戸藩家老 結城寅寿朝道などの墓がある。
詳細 下市・吉田歴史散歩コース
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常照寺・吉田城跡
photo光圀公が京都大徳寺の高僧仰堂和尚を迎えて開山しようとしましたが、和尚が亡くなり、その後元禄13年(1700)仰堂和尚の弟子の敬峰和尚を迎えて創建された臨済宗大徳寺派の寺で、光圀公を開基とし仰堂和尚を勧請開山としており、光圀公が創建された最後の寺院となりました。境内一帯は吉田城跡にあたり、常陸大掾(だいじょう)氏の族吉田氏代々の居城で、その後佐竹氏の家臣車丹波守が居城としました。

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